みなさん、こんにちは。大阪・十三のおくだ歯科医院、院長の奥田裕太です。
私たち歯医者にとって天然の歯はとても貴重なものです。できるだけ長く天然の歯で生活をしていただきたい―――それが私たち歯科医師共通の願いと言えるでしょう。
なぜなら、失ってしまった歯は二度と生えてくることはないからです。
日々の診療の中で、歯を残すためにセカンドオピニオンとして当院に相談に来てくださる患者様は多くいらっしゃいます。
一方で「歯なんていっぱいあるんだから、1本や2本抜いても大丈夫」と、歯を残すことに無頓着な患者様もいらっしゃるのが現状です。
この記事をお読みの方の中にも、同じようにお考えの方がいらっしゃるかもしれません。しかし、その考え方には大きな落とし穴が隠れています。
今回は、天然の歯を残すことの重要性について、詳しくお話ししたいと思います。
天然の歯を守るためのセルフチェック
まずは、以下のチェックリストで、ご自身の状態をチェックしてみてください。
□ 最近、歯茎から血が出ることがある
□ 歯磨きをしている最中に出血することがある
□ 歯ぐきが腫れている、または赤くなっている
□ 口臭が気になる
□ 歯がグラグラする感じがする
□ 噛むと痛みを感じる歯がある
1つでも当てはまる項目があれば、歯科医院での検査をお勧めします。これらの症状は、放置すると歯を失うリスクにつながる可能性があるためです。
天然の歯が持つ3つの大切な役割
では、なぜ天然の歯を残すことがそれほど重要なのでしょうか。その理由を、3つの観点からご説明させていただきます。
歯と骨をつなぐサスペンション「歯根膜」の存在
食事の際をはじめ、歯には想像以上の強い力が加わります。
20〜30歳の健康な成人男性42 名を対象に、噛み締めた時に奥歯にかかる力を測定した研究によれば、最小で 27.5kg 、最大で 100kgを記録した、とされています(平均は 59kg)。
そのため、天然の歯には「歯根膜」と呼ばれる、歯と骨をつなぐクッションのような組織が備わっています。この組織は、まるで車のサスペンションのように衝撃を吸収し、歯や周囲の骨を保護する重要な役割を果たしています。
また、歯根膜には神経が豊富に存在し、噛む力の強さを感知する能力があります。これにより、過度な力がかかることを防ぎ、歯や顎の健康を守っているのです。
このような歯根膜の機能は、現代の歯科医療技術をもってしても完全には再現できません。インプラントなど、人工の歯には、この巧妙な衝撃吸収システムは備わっていないのです。
全身の健康への影響
天然の歯をしっかりと保つことは、実は全身の健康とも深い関係があります。特に近年注目されているのが、咀嚼(そしゃく)機能と認知症予防の関係です。
2003〜2007年に厚生労働省が行なった調査によれば、65歳以上の健常者のうち「歯がほとんどなく義歯を使用していない人,あまり噛めない人,かかりつけ歯科医院のない人は,認知症発症のリスクが高くなる」ことがわかっています。
これは、しっかりと噛むことで脳が刺激され、認知機能の維持に良い影響を与えているためと考えられています。
また、高齢者の筋肉量低下(サルコペニア)の予防にも、咀嚼機能は重要な役割を果たしています。歯を失うことで、食べられる食品が限られてしまい、必要な栄養が十分に取れなくなる可能性があるからです。
さらに、糖尿病や高血圧などの生活習慣病との関連も指摘されています。
歯を失うことで、うどんやご飯などのやわらかい炭水化物中心の食事に偏りがちになります。
また、噛む力が弱くなることで食材本来の味わいを感じにくくなり、必要以上に濃い味付けを好むようになり、塩分の過剰摂取が習慣化する可能性が高まります。
その結果、糖尿病や高血圧のリスクが高まってしまうのです。
適切な噛み合わせの維持
歯並びは、実は大人になってからも少しずつ変化しています。特に1本の歯を失うと、その影響は予想以上に大きなものとなります。
例えば、失った歯の隣の歯が徐々に傾いてきたり、対合歯(かみ合う歯)が伸びてきたりすることがあります。
これは、体が歯の隙間を埋めようとする自然な反応なのですが、結果として噛み合わせ全体のバランスを崩してしまう原因となります。
噛み合わせが崩れると、特定の歯に過剰な負担がかかり、さらなる歯の損傷や喪失につながる可能性があります。また、顎関節症などの深刻な症状を引き起こすこともあります。
このような状態になってしまうと、治療も大がかりなものとなり、矯正治療などから始める必要が出てくる場合もあります。
このような意味でも、天然の歯を守ることは大切なのです。
日本人が歯を失う原因
では、実際に人々はどのような理由で歯を失っているのでしょうか。8020推進財団が行なった「第2回永久歯の抜歯原因調査」によると、日本人が歯を失う主な原因ランキングは以下の通りです。
1位:歯周病
2位:虫歯
3位:破折(割れたり、欠けたりすること)
4位:その他
5位:埋伏歯(歯茎または骨に埋まっていて出てこない歯)
注目すべきは、上位を占める虫歯と歯周病は、適切な予防と早期治療で防ぐことができるということです。つまり、私たちの努力次第で、歯の喪失リスクを大きく下げることができるのです。
天然の歯を守るために必要なこと
では、どうすれば天然の歯を守ることができるのでしょうか?
多くの方がまず思い浮かべるのは歯磨きでしょう。確かに、毎日の丁寧な歯磨きは、歯周病や虫歯の予防に欠かせません。
しかし残念ながら、歯磨きだけでは十分とは言えません。どんなに丁寧に磨いても、歯ブラシの届きにくい場所は必ずあるからです。
実際、ライオン(株)が2014年に行なった調査によれば、自分の歯磨きに「自信がある」と答えた人のうち約50%が「やや磨けていない(歯垢付着スコア60〜80%未満)」、約30%が「磨けていない(歯垢付着スコア80%以上)」という結果になっています(※)。
そのため、定期的な歯科検診が重要になってきます。専門的な器具と技術を持つ歯科医院でのクリーニングを受けることで、自分では取りきれない歯垢や歯石を除去し、歯周病や虫歯の予防につなげることができます。
大切な役割を持つ天然の歯を守り、ご自身のQOLを維持・向上させたいという方は、ぜひ信頼できる歯科医院を見つけ、定期的なメンテナンスを受けることをおすすめします。

当院のスタッフが考える「信頼できる歯科医院」の基準については、こちらの記事をご覧ください。
※歯垢付着スコアは「0%=対象部位に歯垢が付着していない」~「100%=全ての対象部位に歯垢が残っている」状態を示す。歯科界では20%以下が目標。
まとめ
繰り返しになりますが、失われた天然の歯は二度と生えてきません。現在、再生医療の研究は進んでいますが、天然の歯を再生する技術の実用化にはまだまだ時間がかかりそうです。
確かに、歯を保存するための治療には、時間もコストもかかる場合があります。しかし、天然の歯が持つ様々な働きを考えれば、その価値は十分にあると私は考えています。
当院では、できる限り天然の歯を残すため、各分野のスペシャリストによるチームアプローチを実践しています。
例えば、歯周病専門医は歯茎や歯を支える骨の治療を、歯内療法専門医(神経治療の専門家)は歯の神経の処置を、補綴専門医(被せ物や詰め物の専門家)は最適な被せ物の設計を担当します。
それぞれの専門医が異なる視点から治療方針を検討し、総合的な判断のもと、最適な治療計画を立てています。
特に、むし歯が重症化した場合でも、可能な限り歯を残す治療の専門家である峯田茉里先生が在籍していることも、当院の強みの一つです(峯田先生のインタビュー記事はこちら)。
他の歯科医院で「この歯はもう抜くしかない」と言われた方も、まずはご相談ください。セカンドオピニオンとして、残せる可能性を一緒に探っていきたいと思います。

とはいえ、無理に残してもいたずらに治療期間やコストをかけてしまうだけ、というケースもあります。次回のデンタルコラムでは、歯を抜くことの意義についてご紹介します。