すでに糖尿病にかかっている、もしくは健康診断で危険信号が出ている人の中には「医者からの食事指導も含めて色々と試してみたものの、思うように血糖値が下がらない」と悩んでいる人もいるかもしれません。
実はその原因は、歯周病にあるかもしれません。というのも、糖尿病や血糖値のコントロールと歯周病には、深い関係があるからです。
実際、糖尿病は喫煙と並ぶ「歯周病二大危険因子」の一つとされていますし、歯周病菌は糖尿病の原因物質を大量に作り出すことがわかってきています。
デンタルコラム特集「糖尿病と歯周病」では、前後編に分けて2つの病気の関係性を明らかにするとともに、糖尿病や血糖値のコントロールに悩む方に対して歯医者ができることについて解説します。
前編となる今回は、糖尿病と歯周病のメカニズムを説明したうえで、これらの病気が相互に影響し合う仕組みについて詳しく解説していきます。
糖尿病も歯周病も、どちらも同じ「国民病」
2016年の「国民健康・栄養調査」によれば、糖尿病は国民の約6分の1がかかっているとされる、代表的な国民病です。一方、歯周病も軽度のものも含めると、日本人の約8割がかかっていると言われる国民病です。
以下ではまず、この2つの国民病について定義や症状、原因をご紹介したいと思います。
糖尿病は脳梗塞や失明、半身不随の原因にもなる国民病
国立国際医療研究センターによれば、糖尿病とは「インスリンが十分に働かないために、血液中を流れるブドウ糖という糖(血糖)が増えてしまう病気です」。
血糖値の高い状態が続く最大の問題は、体の中の血が流れにくくなることです。血糖値が高いということは、血液内に糖分がたくさんあるということですから、血液はドロドロ状態になります。
ちょうどブリの照り焼きなどに使うタレにみりんや砂糖といった糖類を加えるとトロミが出るのと同じです。
ドロドロ状態が悪化していくと、血管の中で「血栓」という血の塊ができます。血液は体中に栄養や酸素、免疫細胞などを運んでいますから、血栓の影響で血管が詰まってしまうと、他にも様々な病気につながります。
これが脳でできれば脳梗塞、心臓にできれば心不全の原因となります。目の血管が詰まれば失明の危険がありますし、足の太い血管が詰まれば手足のしびれや痛み、壊疽(えそ。腐ってしまうこと)が生じるおそれがあります。
そして、お口の中の血管が詰まった場合は歯周病の原因にもなり得るとされています。
また、痛みを感じるための知覚神経や、血圧調整や呼吸のコントロールなどを司る自律神経などにも障害が出るため、痛みを伴う体の異常に気づけなかったり、唐突なひどい立ちくらみや呼吸困難に陥ったりするリスクもあります。
糖尿病になる代表的な原因は、遺伝的な影響に加えて、食べ過ぎや運動不足、肥満などの生活習慣です。これらに加えて、近年では歯周病が糖尿病の症状を進行させたり、症状の改善を邪魔したりすることもわかってきています。
歯周病は心筋梗塞や脳梗塞、誤嚥性肺炎の原因にもなる国民病
日本臨床歯周病学会は歯周病を「細菌の感染によって引き起こされる炎症性疾患」としています。
歯と歯肉の間(歯肉溝)に歯垢・歯石が溜まり続けた結果として炎症が起き、歯茎を腫れさせたり、歯を溶かしたりして、お口の健康をおびやかす病気です。
歯周病が進行すると歯が痛んだり、抜け落ちたりして思うように食事ができなくなりますが、それ以外に様々な問題が生じます。
例えば歯周病の患者様は、心筋梗塞や脳梗塞などの発生率が高まることがわかっていますし、歯周病菌をたっぷり含んだ唾液を食べ物と一緒に誤嚥することで、誤嚥性肺炎を引き起こすケースもあります。
加えて、近年の研究では、歯周病菌が原因で糖尿病の症状が悪化したり、症状改善が邪魔されたりすることもわかってきています。
歯周病の主な原因は、歯石除去などのお口の中のメンテナンスが不足していること。歯ぎしり・食いしばり、ストレスなども原因とされているほか、「二大危険因子」として喫煙と糖尿病が挙げられています。
糖尿病と歯周病は「相互に」影響し合う病気
すでにお気付きの方もいるかもしれませんが、糖尿病は歯周病の、歯周病は糖尿病の原因になっており、両者は相互に影響し合う病気です。
ではこの2つの病気は、どのような形で影響し合っているのでしょうか。以下では糖尿病が歯周病に及ぼす影響と、歯周病が糖尿病に及ぼす影響について、詳しく解説していきます。
糖尿病が歯周病に及ぼす影響
糖尿病と歯周病の関係性が初めて指摘されたのは、1993年のこと。デンマークの歯医者ハロルド・ロー氏が米国糖尿病協会の会誌「Diabetes Care」に投稿した論文によって明らかにされました。
ロー氏は高血糖状態によって作られる血栓が歯周病を引き起こすと考えました。つまり、お口の中の微細な血管で血栓が発生することで、歯肉や歯へ免疫細胞が送られてこなくなり、その結果として歯周病菌が増殖してしまうと言うのです。
事実、目立った歯垢や歯石が見当たらないにもかかわらず歯周病の症状が出ている患者様を検査したところ、糖尿病を発症していたことがわかった……という症例もあります。
こうした症例は、糖尿病が歯周病の原因になりうるというロー氏の説を裏付けています。
ロー氏の指摘により、歯周病は「糖尿病が引き起こす第6の合併症」と言われるようになりましたが、実は「なぜ糖尿病が歯周病を引き起こすのか」ということは、今もまだ科学的に解明されていません。
より適切な対策を講じるには、糖尿病が歯周病に及ぼす影響についての今後の研究を待つ必要があります。
お口の中が赤いのは、無数に張り巡らされた血管が透けて見えているからです。糖尿病の影響でこれだけの数の血管を流れる血の流れが悪化すれば、抵抗力が低下しても不思議ではありませんよね。結果歯周病の発症や悪化が起こり、歯茎が腫れたり、骨が溶けたりするわけです。
歯周病が糖尿病に及ぼす影響
これに対して、歯周病が糖尿病に影響を及ぼすメカニズムは、ある程度わかってきています。簡単に言えば歯周病によって増殖した歯周病菌が、糖尿病の原因物質を作り出しているのです。
歯周病菌からは非常に強力な毒素が発生します。歯周病が重症化すると、患部から流れ出る血液を通じて、毒素が体内に取り込まれます。
このとき体内に取り込まれる毒素の量は、手のひらサイズの傷口に毒素を直接塗りつけるほどの量とされています。
大量の毒素が体内に入れば、体は自分を守るために免疫システムをフル稼働させようとします。その際体内で生成されるのが、免疫を活性化するための物質です。
この物質はとりわけ内臓脂肪組織でたくさん作られますが、実はこれこそが糖尿病にかかった人のインスリンの働きを邪魔している原因物質です。
本来は内臓脂肪を蓄えた太った人の体内で作られる物質ですが、たとえそこまで太っていなくとも歯周病になっていれば、歯周病菌から出る毒素が内臓脂肪組織にインスリンの働きを邪魔する物質を作らせるのです。
結果として歯周病が糖尿病の原因になったり、血糖値が下がりにくい原因になったりするというわけです。
まとめ
糖尿病と歯周病は相互に影響し合っており、糖尿病が悪化すれば歯周病も悪化しやすくなり、歯周病が悪化すれば糖尿病も悪化しやすくなります。
私は歯科医師なので、直接糖尿病を治すことはできません。しかし歯周病を専門とする一人の歯医者として、歯周病治療から糖尿病の症状改善にアプローチすることはできると考えています。
後編となる以下の記事では、このアプローチについて詳しく解説していきます。ぜひご覧ください。
「糖尿病と歯周病」歯科医師だからこそできる3つのアプローチ(後編)
具体的には「血液検査を通じた、糖尿病検査の受診勧奨」「歯周病治療を通じた、糖尿病の症状改善」「噛み合わせや入れ歯の治療を通じた、食事指導通りの食事をする手助け」です。興味のある方はご一読ください。