デンタルコラム

私が「出産」も「仕事」も諦めずに済んだ理由【受付インタビュー】

田中_横顔

みなさん、こんにちは。大阪十三のおくだ歯科医院、院長の奥田裕太です。

子どもが欲しいなら、仕事は辞めるべきだろうか?

そんなふうに考えたことがある人は、きっと少なくないと思います。

結婚、妊娠、出産───人生の転機を迎えるなかで、何を優先するべきかは多くの女性にとって悩ましい問題です。

職場に迷惑をかけないか?
育休・産休を取ったとしてそのあと戻る場所はあるのか?

でも私は、どちらも諦めずに済みました

そう話すのは、当院で受付チーフを務める田中 望。不妊治療から2022年末に産休・育休に入り、2024年4月の職場復帰を経て、今も前線で働き続けてくれています。

今回は田中の実体験を通じて、「女性が働き続けられる職場」とはどういうものなのかを掘り下げます。

おくだ歯科医院がチームみんなで築き上げた、出産や育休が自然に受け入れられる環境について、当事者本人の言葉で語ってもらいました。

目次
  1. 不妊治療と職場の理解「最初は辞めないといけないかも、と思ってました」
  2. “田中がいなくても大丈夫”のための準備
  3. 育休中の過ごし方と心境「井上のおかげで、孤独感はなかったんです」
  4. 復帰後に体験した「浦島太郎状態」と、働き方の変化
  5. “安心して戻れる職場”をつくるということ
  6. まとめ

不妊治療と職場の理解「最初は辞めないといけないかも、と思ってました」

田中_仕事中

__妊娠や出産を考え始めたのは、どんなきっかけだったんですか?

田中:実は、主人が持病の治療をしていて、結婚してすぐに子どもを…というわけにはいかなかったんです。

ようやく病気が落ち着いて、「そろそろ不妊治療を始めてもいいかもしれない」というタイミングでした。

__その時点では、仕事との両立についてはどう考えていましたか?

田中:悩んでましたね。受付はチームで動く仕事なので、私が不妊治療で急に抜けることが増えると、他のスタッフの負担になるんじゃないかって。

しかもその時期、同じ受付の小林が産休を取ることも決まっていました。

一方で、小林の復帰を待って不妊治療をせずにいれば、私はどんどん年をとっていきます。だからといって、不妊治療を始めてもいつ子どもができるかはわかりません。

どうするべきだろう」と余計に迷ってしまって。

__そんな中で、僕(院長)に相談してくれましたよね。

田中:はい。それまでにも主人の病気のことを話していたので、「治療ができるタイミングになったら、また相談してね」と言われていたのもあって。

相談前はすごく構えてたんですけど、院長はあっさりと「やってみたらいいやん」って言ってくださったんですよね。

__不妊治療って、通院の予定がすごく直前に決まることも多いんですよね。

田中:そうなんです。

一定のタイミングで診察を受けたうえで、「2日後に来てください」とか「明日また来てください」って言われることが全然あるので、事前にシフト調整するのも難しくて……。

そういう急な休みがあることを伝えても、院長は「それはもうなるようにしかならんやろ。うちのために自分の人生を犠牲にしたらあかん」って。

最初は「場合によっては辞めないといけないかも」と思っていたので、あの時はふっと肩の力が抜けました。

田中_仕事中2

__院内の他のスタッフには、不妊治療のことは伝えていたんですか?

田中:受付の中だけです。他のスタッフには事情を話していなかったので、「田中さん、また休みやな」とか「辞めるのかな?」と思われていたらしいです。

「有給を消化しているんじゃないか」みたいな感じで(笑)。

__治療を始めるうえで、何が一番大きな支えになりましたか?

田中:「言っていい空気があった」ことですね。職場によっては、「不妊治療のために休みます」って言うのも気を遣うと思うんです。

でも、おくだ歯科では、ちゃんと話しても受け止めてもらえる。そう思えたから、一歩踏み出せました。

“田中がいなくても大丈夫”のための準備

田中_仕事中3

__妊娠がわかってから、育休に向けてどんな準備をしましたか?

田中:一番大きかったのは、受付のマニュアルを作り直したことですね。

もともとマニュアル自体はあったんですけど、長らく更新されていなくて、内容も古くなっていました。だから「一回全部つくり直そう」と思って一新したんです。

__かなり大変な作業だったと思うのですが、どれくらいの期間かかりましたか?

田中:3〜4ヶ月はかかったと思います。まだ安定期に入る前から、コツコツ進めていきました。私は体調が不安定だったので、マニュアル作成にほぼ専念させてもらっていました。

__他の受付メンバーの状況はどうだったんですか?

田中:当時の受付メンバーは4人で、同じ受付チーフの井上は小さい子どもがいて、急に休んだり、早退したりすることも少なくありませんでした。

残りの2人は産休が決まっている小林と、経験の浅い新人さんだったので、「これで現場がまわるのかな……」という不安は正直ありました。

だから「このマニュアルさえあれば何とかなる」というくらいのものを作ろうと思ってましたね。

__遅かれ早かれ、マニュアルの更新は必要でしたから、良い機会と言えば良い機会でしたよね。

田中:そうですね。ずっと忙しくて、なかなか手をつけられていなかったところに、ようやく向き合えたというか。

新しい人が入ってきても、このマニュアルがあれば基本の業務は対応できる──そんなふうに、自信を持って引き継げる状態にできたのは大きかったです。

育休中の過ごし方と心境「井上のおかげで、孤独感はなかったんです」

田中_インタビュー中

__育休に入ってから、生活はどう変わりましたか?

田中:最初はもう、えらいこっちゃでした(笑)。全然寝れないし、ホルモンバランスは崩れてるし、情緒も不安定だし……。

__体調や気持ちが落ち着いてきたのはいつ頃ですか?

田中:半年ぐらい経ってからですね。ようやく「休めてるな」って感じられるようになりました。でも、逆にそこからは「暇やな〜」って思うことも増えました。

よく考えると、高校生くらいからまとまった休みをとらずに働き続けてきたので、じっとしていると落ち着かなくて(笑)。

__仕事のことを考える余裕もあった?

田中:最初はまったくなかったですね。子ども中心の生活でいっぱいいっぱいで。

育休後半は、「復帰ちょっと遅かったかな」と思ったり、仕事のことを少しずつ考えるようになっていました。

__田中さんは、ちょっと長めに育休を取ったんでしたっけ?

田中:はい。子どもが12月末生まれで、一般的な1年の育休が終わったタイミングだと認可保育園に入るのがものすごく難しいんです。

職場によっては親に面倒見てもらったり、結局辞めなきゃいけなかったりすると思うんですけど、そのことを院長に話したら「じゃあ、4月まで取ればええやん」って言ってくれて。

本当に助かりました。

__無事に保育園が決まってよかったです。育休中は職場と連絡を取っていましたか?

田中:はい。特に井上とは、「今日はこんなことがあったんだよ〜」みたいな雑談をしたり、「これどうしたらいいと思う?」といった相談を受けたりもしていました。

私も井上が休暇を取っていた時には、ふらっと顔を見に行ったりしていたので、彼女からしたら自然な行動だったんだと思います。

でも、そうやって井上と話すことで、すごくリフレッシュになっていました。社会から切り離されてる感覚が少し和らいだというか。

__社会から離れていると感じる瞬間もあったんですね。

田中:ありますね。やっぱり赤ちゃんってしゃべれないし、日本語が通じる相手がいない(笑)。

毎日大人と会話しないって、想像以上にしんどいです。だから井上の存在は本当にありがたかったですね。

復帰後に体験した「浦島太郎状態」と、働き方の変化

田中_仕事中4

__育休から復帰した初日は、どんな気持ちでしたか?

田中:患者様の顔ぶれがけっこう変わっていて、予約表を見てもピンとこないことが多かったですね。1年も経てば100〜200人ぐらい、新しい患者様が増えますから。

それに、受付まわりのシステムもまるっと変わってたんですよ。「わ、浦島太郎や……」って(笑)。

__ブランクの不安はありませんでしたか?

田中:もちろん「できるかな?」とは思ってました。でも意外と身体が覚えてるもので、電話対応も自然とできましたね。

__現在はどんな働き方をしていますか?

田中:今は基本的にフルタイムで働いていますが、保育園からの呼び出しがあれば途中で帰らなきゃいけないこともあります。

そのときは「もう行っていいよ」「気をつけてね」って周りが声をかけてくれるので、本当にありがたいです。

__復帰前と比べて、働き方の意識に変化はありますか?

田中:変わりましたね。

たとえば、以前は「これは診療後にやればいいだろう」と後回しにしていたことも、今は「時間内に終わらせなきゃ」と思って、空き時間を有効活用するようになりました。

あと、自分だけで抱えずに「人に頼る」ことも、以前より上手になった気がします。

__いまの働き方に満足していますか?

田中:はい。職場のサポートもあって、今のところとても満足しています。

でも、これから子どもが小学校に上がったりすると、夏休みとか習いごととか、生活リズムがまた変わってきますよね。

そうなったときに、どう両立していくかは、また考えていかないといけないなと思っています。

“安心して戻れる職場”をつくるということ

田中_笑顔

__田中さんがスムーズに育休から復帰できたようでよかったです。

田中:やっぱりおくだ歯科医院に根付いている「助け合い」の文化が大きいと思います。

「自分がちょっと無理してでも、誰かのために何かしよう」っていう気持ちが、みんなの中にあるというか。

__たしかに、そういう雰囲気はありますよね。

田中:みんなが毎日真剣に仕事に向き合っているというのがわかっているからこそ、誰かが大変な時は自然と周りがカバーしようとする。

その文化が、特別なルールがなくても機能している気がします。

__現在は受付チーフとして、スタッフ育成にも関わっていますよね。

田中:はい。最近は新しいメンバーも増えて、スタッフの経験値やスキルにばらつきが出てきています。

それぞれ覚えるスピードも違うし、できることも違う。そこにどう合わせて教えていくかは、最近の悩みでもあります。

__それでも、育休から復帰したあともチーフとしてチームをまとめてくれているので、助かっています。

田中:ありがとうございます。でも、私だけじゃなくて、本当にチーム全体で成り立っている感じなんです。

お互いに支え合える雰囲気があるから、子どもができたから辞めなきゃいけない、とは全然思いませんでした。

田中_笑顔2

__そういう環境って、今では当たり前のように思えますか?

田中:当たり前になっていますが、「当然あるもの」として考えてはいけないとも思っています。

先ほども話しましたが、スタッフ全員が仕事に真剣に向き合っていることが前提でなければダメですし、患者様の理解に支えられている部分も大きいからです。

__確かに、おくだ歯科医院に通ってくださっている患者様は、事情を話すと「だったら仕方ないね」と理解を示してくださる方が多いですよね。

田中:「担当の歯科衛生士の子どもが熱を出してしまって……」と説明すると、「子どもがいたらよくあることだから気にしないで!」とむしろフォローしていただくことさえあります。

こうした温かい患者様に支えられて、おくだ歯科医院があることを私たちスタッフは忘れてはいけないなと思っています。

__全くそのとおりだと思います。これからもよろしくお願いしますね。

まとめ

田中の言葉を聞いて、あらためて感じたことがあります。

それはスタッフの人生と歯科医院としての使命、どちらかを諦めるのではなく、どちらも大切にしながら働ける職場をつくることが、院長である私の責任なんだと。

もちろん、完璧な制度や仕組みがあるわけではありません。

でも、お互いを思いやる気持ちと、誰かのために動ける力が、おくだ歯科医院にはあると信じています。

誰かが育休に入れば、チームでカバーし、誰かが戻ってくれば、みんなで迎える。

互いを支え合える組織を、これからも大事にしていきたいと思っています。

当院をご利用いただいている患者様におかれましても、日々私たちを支えていただき、誠にありがとうございます。

これからも「後悔させない治療」をモットーに、真摯に皆様のお口の健康に向き合ってまいりますので、引き続きよろしくお願いいたします。

院長 奥田

田中さん、これからも育児と仕事の両立で大変なことも多いかと思いますが、些細なことでも気兼ねなく相談してくださいね!今回は忙しい中、インタビューに協力してくれてありがとうございました。

診療内容

当院について

デンタルコラム

院長紹介

奥田 裕太

1982年生まれ。大阪十三で「おくだ歯科医院」を経営。大切にしているのは「患者様と一緒に悩み、一緒に成長し、笑える、二人三脚の治療」。

詳しく見る